ゴリラストロングの雑記帳

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ピアプレッシャーをシカトし続けてきた男の後悔〜同調圧力は社会を結びつけている黄金の鎖である。




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どうも、ゴリラストロングです。

 
皆さんは「ピアプレッシャー」という言葉は聞いたことがありますか。

日本語で言うところの「同調圧力」のことです。

こちらの方が聞き馴染みがあると思います。

 
最近でこそこういった言葉は一般に知られるようになりましたが、筆者が若い頃はまだあまり一般的な言葉ではなかったように思います。

もちろんピアプレッシャーの概念は自分の生活のあらゆる部分に存在していましたが、今思い返すと筆者はピアプレッシャーをことごとく軽視してきたように思います。

 
ピアプレッシャーをほとんどシカト状態で幼少期から壮年期までを過ごしてきたので、今大変後悔しています。

なぜならピアプレッシャーを適切に感じ取り周囲の環境に同調する能力があまりにも欠けているために社会生活を送ることに結構苦労しているからです。

 
まあ今更後悔しても過ぎた時間は戻ってきませんので、今改めてピアプレッシャー、同調圧力について調べてみて感じたことをまとめて今後の生活に活かしていきたいと思います。

 
筆者のように、ピアプレッシャーを感じにくい人はいるのでしょうか。

そういった人々はKYだとか、発達障害だとか言われ、狂人として排除される風潮が我が国にはありますよね。

だから通常の感覚を持っている人は過度に周囲の環境に同調するのでしょう。

「嫌われる勇気」という本が売れるのもこういった背景があるのではないでしょうか。

 
ピアプレッシャーを初めて感じるのはいつなのでしょうか。

恐らく幼稚園なり小学校に入ってからではないでしょうか。

団体行動あるところにピアプレッシャーはつきものだと推察します。

筆者の幼少期を振り返ると、この頃から団体行動が苦手で仕方ありませんでした。

学芸会や運動会といったイベントの際にはいつも組織の輪を乱しがちでした。

それでもあまりいじめられなかったのが不思議なところです。

 
ピアプレッシャーは仕事の出来不出来に関わるのでしょうか。

適度なピアプレッシャーは顧客や仲間への配慮や助け合い、連帯感や責任感の向上などに寄与するので、会社などの組織で働く人にとってはこれを感じる力というのは必須の要素であると思います。

しかし、いいピアプレッシャーがチームワークを生む反面、過度なピアプレッシャーは没個性を招くので注意が必要です。

また、職場では自然にピアプレッシャーが生じており、管理職の人々は組織運営にピアプレッシャーを利用している大前提で仕事をするべきでしょう。

筆者はこれがなかなかできないために結構苦労しました。

 
ピアプレッシャーと社会との関係でいうと選挙も深い関わりがあるとされます。

社会を支配している人々はゲシュタルト心理学社会心理学などを用い、大衆操作や洗脳を行なっているらしいです。

こういった集団力学によって我々の投票行動がマニピュレートされている可能性があることを頭の片隅に置いておくといいかもしれません。

公正に見える選挙にも実はタネやカラクリが潜んでいるかもしれません。

組織票が成立するのもピアプレッシャーの賜物でしょう。

 
最近でいうとコロナウイルスとの関係も注目されています。

マスクをつけるか、外出を自粛するかなどの行動にもピアプレッシャーは深く関わっています。

「みんながやっている、あるいはやっていないから自分も同じ行動をしても大丈夫」という意識は多くの人にあるのではないでしょうか。

自粛やマスクの感染防止への効果の是非については触れませんが、そういった行動様式が今後の感染の拡がりにどのように影響をするのかという部分に個人的には着目したいと思っています。

我が国の強いとされる同調圧力が今後感染防止や経済活動の観点から正の働きをするのか、負の働きをするのかというのは大変興味深いです。

 
こういった我が国の国民性に影響を与えているのがいじめの問題だと思います。

「一緒にやらないなら仲間じゃない」

「いい子ぶりやがって、裏切者め」

こういった言葉を直接的ではないにしろ間接的に、あるいは雰囲気で感じ取ったことが、学校生活などであるのではないでしょうか。

こういった環境で育った人が多いことも我が国のピアプレッシャーを高めている要因だと思います。

古くは戦時中の「非国民」という言葉や「村八分」といった言葉にもピアプレッシャーの概念が色濃く根付いていることがうかがえます。

 
今回ピアプレッシャーについて考察してみて思うことは、我が国に於いてはピアプレッシャーに敏感であるほうが、多くの場合人生がうまくいく可能性が高いということです。

正直あまりうまくいっていない筆者の人生を鑑みるとそのことは間違いのない事実だと思います。

筆者はこれまで言わば猫のようにピアプレッシャーを無視して生きてきましたが、日々感じている生き辛さは自分のそうした振る舞いや言動によるものだということを自覚しなければならないと思いました。

とはいえ過度にピアプレッシャーに反応しなければいけない人生はまっぴらごめんなので、適度なピアプレッシャーを尊重する程度の生き方にシフトしていきたいです。

筆者は結構孤独な人間なので、良いピアプレッシャーを受けることのできる友達が欲しいですね。 


最後までご覧いただきありがとうございました。

以上、ゴリラストロングでした。